北京オリンピック雑感
4年ごとにやってくるとはいえ、やはりオリンピックはさまざまな感動を与えて、
終わりました。
水泳100m平泳ぎの北島が勝利を確認した後の雄叫び、
柔道では反則ねらいのもどかしい組み手に「ママで金メダル」を逃した
ヤワラちゃんの後の、谷本のまれに見るあざやかな一本勝ち、
石井の柔道最後の牙城を守った健闘など、
どれほどTVの前の私たちに、多くの勇気とさわやかさ、
そしてそこに至る人知れぬ苦悩と努力を背景にした感動を届けてくれました。
まさにスポーツは筋書きのないドラマそのものでした。
故障や怪我も多かっただけに、コンディショニングとはなにかを
考えさせられもしました。
ガードに囲まれ、沿道の観衆を無視した、世界を回る聖火リレーは、
第2次世界大戦前の、国威発揚をねらったヒットラーのベルリンオリンピックを
思い出させたり、華やかな祭典の陰に少数民族の独立運動の動きが常に意識されたりと、
いつものオリンピックとはちがう何かがあったことも事実でした。
そうしたなかで選手はひたすらアスリートとして
私たちに純粋な感動を与えてくれました。
ただ、カズ先生は、あの壮大な開会式に感動というよりも、
やはり今回のオリンピックの陰の部分を感じてしまいました。
これは歳のせいでしょうか。
もともとあまりにも完全なマスゲーム、たとえば北朝鮮の国家的行事でよく見せる
人文字など見ると、感動よりも息苦しさを覚えてしまう方なので、
今回の開会式で、漢字の歴史を表すあの漢字マスゲームにも、
最後にその一つ一つの漢字の中に人が入っていたことに驚きと同時に、
自分にはとてもできない一種の限界も感じました。
人が物になりきって演じる部分です。ああいったマスゲームは多くの場合、
コンピューターなどで計算されたプログラムに則って、
個人を部分として組み込んで成り立つものです。
そこの全体のすごさにパワーを感じるひともいれば、
あまりのコントロールぶりに息苦しさを感じる私のようなものもいるわけです。
最後に、その漢字のかぶり物をとって見せた笑顔は、
やっと終わったという安堵の笑顔だったのかもしれません。
かわいい少女も口パクだったり、日本だったら完全なヤラセであり、
恐ろしいほどの感覚のちがいでした。
さまざま国、民族、文化があることを改めて教えてくれたオリンピックでした。
2008年09月10日 09:43 | | コメントを読む (1) | コメントを書く

コメント
そうですね。。。単なる「4年に1度の」だけではありませんでしたね。視聴者として各選手達への熱い応援と、大会自体への冷めた思いが常に同居していたように思います。感動もあったけど、どこか興ざめしていたような…。ホントにいろいろな意味で考えさせられた五輪でした。
Posted by: natti | 2008年09月10日 15:24